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2014.08.11

第4回 深夜の控室 

 午前4時の控室。祭りの後のような静けさの中で、黙々と棋譜を並べる一人の棋士。僕も盤を挟んで対面に座り、永遠に続くんじゃないかと思ってしまうような時間の中で、ひたすら駒を動かしていました。
  その日、僕は順位戦の検討を見に来ていたのでした。最後の対局が午前1時半に終わり、感想戦を見るため一斉に控室を出ていく棋士や記者たち。これといった目的もないままに来てしまった僕は、疲れていたこともあって(夜中の1時半ですからね)、そのまま控室で休んでいました。
 そこに現れたのが、別の対局を終えたばかりの若手棋士。 「お疲れ様です」と声をかけると、彼は「ちょっと見て下さいよ」とあいさつもそこそこに盤の前に座り、駒を動かし始めました。僕も気合を入れなおして対面に座ります。並べ始めたのはさっきまで指していた自身の将棋。長い中盤戦を経て形勢は二転三転し、最後は最終盤での絶妙手により相手の勝ち。
「これは相手が強すぎますね」
「そうですよね、強すぎますよね」
と二人して思わずため息。
 そこで終わり……とはならないのが将棋指し。再び序盤に戻ってみっちり研究し、それも終わった後の「他の対局の棋譜はありませんか?」という彼の言葉を聞いて、僕は始発まで付き合う覚悟を決めました。
 数時間後。棋譜を一通り並べ終わった後、成績表を見ながらああだこうだと話しているときのこと。その若手棋士がポツリとこぼしました。
「順位戦は1敗したら終わりだから辛いです」 僕は喉まで出かかった「1敗ならまだまだチャンスがあるんじゃないですか?」という言葉を何とか飲み込みました。恐らく彼が欲しいのはそんな慰めではなく、敗戦の痛みはひたすら勝ちまくることでしか緩和されないのです。結局僕の口から出たのは「そうですね」という何とも冴えない言葉でした。

明け方、帰り際の一枚。カメラを構えていると「そんなこともするんですね」と笑われてしまった。顔出しは残念ながら禁止。

 その後は他愛もない雑談をし、気づけばすっかり朝。
「今日は一日中家で休んでいます」と彼は笑って、僕とは逆方向の電車に乗っていきました。 僕は電車の中でうとうとしながら、少しは気が晴れただろうか。いやそんな訳はないだろうな……などと考えるのでした。




 当コラムは、二週に一度のペースで更新していく予定です。

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